IPPNW 2008に参加して
2008年 3月15日 北海道・勤医協中央病院2年目研修医 小泉明希
まず、IPPNWについて簡単に説明します。IPPNW(International Physicians for the Prevention of Nuclear War)は核兵器に反対する世界中の医師からなる団体です。1985年にノーベル平和賞を受賞しました。
現在世界では9つの国が核を保有、産生しています。核を持っている限りそれがまた利用される危険が常にあるということです。また軍事費で教育や社会保障サービスが圧迫されている現状もあります。核を持つ国はこの核を失くそうとするどころか新しく産生し、どう利用するかと考えをめぐらせている現状です。日本を含む4つの国が核の保有、生産、輸出を禁じる法律を作っているようにこれらの国もそうする必要がある、このようなスタンスで活動しているのがIPPNWで、2年に1度、世界大会が開かれます。
<報告>
18回目のIPPNW世界大会。世界中の医師200名と各国からのたくさんの医学生が参加しました。
1日目:Main congress
3日間のプログラムの幕開け。主催団体であるIDPD(Indian Doctors for Peace and Development)のDrから以下のことを強調した挨拶がありました
・南アジアではインドとパキスタンが唯一核兵器を持つ国であり、今後2国間の緊張緩和と核廃絶が望まれること
・第2次世界大戦の悲劇を教訓に日本、ドイツは核生産を廃止した。インドもこれにならい核廃絶を実現させるべきであること。
・核廃絶、平和への道はそれ自体の問題だけではなく、インド国内の貧困格差、鉱山周囲の村の放射線被曝、女性・子供の人権問題、人種問題、医療保障、環境問題などの問題も含めて考えていかねばならない
以上のことから個人の健康を守る医師として、国民の心身の健康を脅かす核戦争の問題に取り組む義務があること、医師、医学生が核問題についてwhat’s going on&what’s needed to be doneの知識を持つべきであることを強調して開会式が締めくくられました。
大会では大きな講義、パネルデイスカッション、各国が出すワークショップを主体に進んでいきました。この報告ではスケジュール順ではなく、取り上げられていた問題とそれに対するデイスカッションを項目ごとに紹介させていただきます。
*self diffenceとしての核保有は必要か
インドは周辺国(特にパキスタン)の不安定な情勢に対し自己防衛という立場で核を持つが、果たしてこれは必要なのか?
これは日本の自衛隊の問題とリンクすると思いました。会場では国内外に平和活動をすすめることで周辺国との距離をちぢめることの重要性と、さまざまな人種や文化が入り混じるインドでこそ互いの文化を尊重しあうことが期待されている、などの意見が出ました。喜ばしいニュースとして、国家間レベルではなく国民個人のレベルでは、インドとパキスタンの学生が一緒になって平和の行進をしたり、インド人の結婚式に友人のパキスタン人を招いたり(4、5年前では考えられなかったそうです)、インド人の学生が政府宛に、「自分やパキスタン人は戦争や核兵器ではなくfriendshipを要求している」と手紙を書いて送ったりetc.少しずつ国家を隔てる壁が崩れつつあるという話がでました。日本と北朝鮮の間ではまだまだ実現しそうもないですね(*_*)
*次世代へ反核運動を引き継ぐこと
これはどんなセッションでも必ず最後に強調されていました。日本からは全国のベテラン医師、歯科医師、研修医、医学生合わせて約20名の参加でしたが、その約半数は10代、20代の医学生、若手医師でした。今まで参加した中で若い人の比率の多さではダントツだそうです。世界各国をみても若い医師、医学生が多く、とても元気でした。全世界の若い人たちが共通の目標に向かって熱心に取り組んでいる様子は見ているだけで元気がでます。
*医師として何ができるか
戦争、核による被害、環境問題、貧困問題、女性・子供の人権問題どの問題にも共通していることは、それらの暴力による被害を最初に目の当たりにするのは医師だということです。第一の目撃者として、それらの問題を報告する必要性があることが強調されました。戦争で心の傷を負った兵士のカウンセリング、医師の立場から法律や経済、教育の変革に関わることでアクションを起こせるのでは、という意見もでました。
国際的なキャンペーンに参加することで活動に関わる方法もあります。例として、ICAN(International Campaign to Abolish Nuclear War)という団体があります。ICANはIPPNWにより設立された草の根運動です。核兵器廃絶について全世界で署名を集めて政府と交渉するなどのキャンペーンを行っており、サイトにアクセスすることで自身も参加することができます。→www.icanw.org
ICANのコンセプトは
*政治家に核兵器に参加する会議や団体を支持するようにお願いすること
*自分が知った情報を周りに伝えること
*web site上での情報提供、教育
*地球環境問題
核兵器とは決して無縁なものではなく、核エネルギー、化石エネルギーからクリーンエネルギーへの変換によるenergy politics が peace politicsにつながるという視点で論議されていました。従来の原子力エネルギーから代替エネルギー変換することによってCO2削減になるだけではなく、必要なエネルギーが世界中に平等に供給(風力、太陽、水素は地域差がないため)されることになります。また戦争が起こる要因として@boarder(物理的、精神的境界)、A資源B政治があげられますが、この中のA資源をめぐる戦争を防止できるという利点もあります。問題点はこうした原子力発電の消費の80%が大規模な多国籍企業でこのような企業は代替エネルギーにまったく関心を示さないことです。各国の大統領でさえ「自由経済下では国として企業に口をはさむことはできない」と消極的な態度を示します。原子力発電所周辺の人々の健康問題、特に小児がんや白血病が深刻な問題となっています。使われた後の廃棄物となった核の中には半減期が億単位のものもあり、廃棄されたあとも放射能を出し続けます。
こうした中で新しいエネルギーへのパラダイムが叫ばれています。小規模な企業単位でクリーンエネルギーへの変換をしていくべきだと話されていました。
進歩としては2000年の再生エネルギー法案が出てから風力発電が増加したこと、2007年オーストラリアの選挙で原子力発電推進派が大敗し新しい政府下で原子力の施設すべてを廃止したということです。暗いニュースだけではなく、少しずつ前進しているのだという前向きな明るい流れの中セッションを終えました。
*Jadugoda村
インドのウラン鉱山から2kmに位置するJadugoda村の人々の放射線被曝による健康被害をIDPD(Indian Doctors for Peace and Development)が報告しました。日本では京都大学の先生がこの村の調査をし、論文に発表しています。調査結果によると、この村の住民は他の地域に比べ
・先天奇形の出生率
・不妊率
・がん発生率
・62歳(インドの平均寿命)以下で死亡する人
が有為に多いことが分かりました。
会場にはJadugoda村の村長が来ており、鬼気せまる表情と語気で村の現状の話をしてくれました。なかでも、
「私たちの村では子供ができたと分かると、喜ぶのではなく泣いて悲しむ。自分の子供は生まれてもすぐに死んでしまうのではないか、健康に生きられるのか、寿命をまっとうできるのかという不安でいっぱいになる。」
と訴えていたのが印象的でした。鉱山ができる前後、鉱山近くの村と遠くの村を比べるとウランによる健康被害が深刻化しているのは明らかなのに、企業側は「定期的にモニタリングをしているから大丈夫。」というだけで具体的な行動を起こそうとはしません。村人は十分事実も知らされないまま子供がウラン廃棄場近くで遊んだり、廃棄場近くに家を建てる人もいる現状です。日本の水俣病やイタイイタイ病などの公害や労災と良く似ており、医師として無視できない問題だと思います。最後にインドの医学生が「世界中の医師にウラン鉱山近くの村を訪問し、現状をその目で見てほしい。」と力強く呼びかけていたのが印象的でした。
詳しくは www.idpd.org http://www.wise-uranium.org をご覧ください。
*平和教育
スウェーデンで平和教育プログラムに関わる医師による分科会でした。「アイデア、教育、文化を国の間で交換することが相互理解につながる」という考えのもとにできた、いくつかの教育プログラムを発表していました。具体的には
Baltic University programe (www.balticuniv.uu.se)
UNESCO Associated Schools networks (www.unesco.org)
Life-Link Friendship-Schools (www.life-link.org)
このサイトでそれぞれの教育プログラムをみることができます。戦争にとどまらず環境問題、水の清浄化、麻薬乱用、暴力、とさまざまなトピックスを学びます。これにはたくさんの国の学校が参加しており、それぞれ意見を交換したり留学生を出したりしています。
なかでも国家間では対立関係にあるインドとパキスタンの学校の例が出ました。
この2つの学校間で@両国の核兵器所有に反対するA地雷撤去を支援するB両国間でvisa & passportの伸請が可能になり自由に行き来ができるようになる、この3つを主張しお互いに交換留学生を出したり平和のデモ行進をしたりと行動につながっています。お互いに核兵器を持ち、緊張関係にある2国の学生がそのような活動をしていることに驚きました。日本では「平和教育」は一般的ではないですが、今問題になっている若い世代の問題:不登校、いじめ、食生活、学歴社会、NEATの問題、ネット社会、家族関係などの解決に教育のしめる位置は大きいのではと感じました。
*研修医がモチベーションを保ち続けるには
日本では初期研修の間は新しい職場と業務に慣れることと医学の勉強で忙しく、とても社会問題や平和問題について考える余裕はありません。同じことが世界中の国の若い医師にもあてはまるようです。これについてスウェーデンの研修医が「若い医師がIPPNWの活動を続けていくにはどうしたらいいか」というテーマで分科会を開いていました。
その解決策の一つとしてネットでの情報共有があげられていました。
日本ではJPPNW(Japanese Physicians for the Prevention of Nuclear War)の医学生の活動を紹介するホームページ)、欧米ではyoutube、delicious、facebookなどのサイトで(アドレスを控え忘れました(+_+)。検索するとヒットすると思います)各国の医学生や研修医の活動や世界ニュースの情報共有をできます。スウェーデンの若い医師はこれを活用して忙しい業務時間の間に情報を得ているようです。後半に4-5人のグループになりデイスカッションをし、私はアフリカ、インド、スェーデンの医師、医学生と私を含む日本の医師、医学生のグループでした。インド・アフリカの学生は隣国との紛争問題が日常としてあるためか、とても熱心に意見を発表していました。その勢いに押されて日本勢は少ししか発言できず、国民性はこういうところにでるのだなあ、と痛感しました。もし次に機会があれば、「被曝の反省の歴史」と「反核3原則」という素晴らしい宝がある国の医師として堂々と意見を言いたいと思います。
・インドの問題
インドの経済が急激に成長している一方、貧富の差がますます広がっています。今世界一の富豪はビル・ゲイツではなくてインド人だそうですが、インド国民の70%は1日0.5$(1世帯あたり)の生活をしています。この人たちは1日の必要エネルギーを摂取できず、52%が出産時にお金がないため自宅で分娩するため母体死亡率、乳児死亡率が依然高い状態です。特に農村では顕著で、日本と同じくこういう場所には医師は行きたがらないのだそうです。
インドの公衆衛生のDrは「この国内の問題を紛争と言わないで何というのか。医師として農村の人、特に女性と子供に助けの手を差し伸べなければならない。」と熱演していました。
医療過疎の問題は決して日本だけじゃないようです。
*全体の感想
全体を通して痛感したのが、核問題を考えるにあたり、核のことだけ考えてもだめだということ。今回の大会では環境問題、経済問題、教育問題ととても広い分野が取り上げられ、そのどれをとっても決して無関心ではいられないと感じました。
個人的に心をひかれたのはJadugoda村のウラン鉱山による健康被害の問題です。人間の誕生という素晴らしい瞬間を喜びでなく悲しみで迎えられるような悲しい現実が私の知らない所で今現在も起こっているということはショックでした。私は赤ちゃんが生まれた瞬間のお母さんの安心しきった、言葉では表現できないような喜びの表情がとても好きです。それが不安や悲しみに変わるようなことはあってはならないと思います。
研修の2年間を振り返ると、社会問題について真剣に取り組む機会はほとんどなかったように思います。最初は自分の技術と経験を積むのに精一杯で世界の出来事や国内の問題でさえ真剣に考えることがありませんでした。今回、世界に若い医師も同じ考えでいることが分かりました。デイスカッションしたことを教訓にこれからは忙しい時間の合間に新聞やインターネットで情報収集をしていきたいと思います。
I
最後に、インド人について心に残った話。大会期間中に偶然インド人の結婚式と誕生会に出くわしました。私たちは物珍しそうにじっと見入ったりカメラを向けたりしていたところ、愛想良く話しかけてくれ、「一緒に参加してくれ」「もっと写真を取ってくれ」と言ってくれたり、誕生日のケーキを分けてくれたりしました。喜びはみんなで祝うのがいいという考えなのか、インド人のフレンドリーさに驚きました。このような関係が国と国の間でもすんなり成立したらとてもいい社会になるのだろうなあと強く感じたインドでのエピソードです。
〜〜最期に〜〜
今回IPPNW世界大会に参加するにあたり、募金に協力してくださった職員の皆様に心から感謝の気持ちを申し上げます。声をかけてくださった反核医師の会の先生方、貴重な体験をさせていただき本当にありがとうございました。
与えられた機会を無駄にしないように、これからも多くの人に伝えていきたいです。この報告を見て少しでも知識の足しになり、いつか何らかの行動につなげていただければ幸いです。